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久留米の、不思議でおいしい、素敵な夜


あれは夢だったんじゃないか。
そんな夜だった。


出張で久留米に行った夜、博多のコピーライター、Uさんに素敵なお店に連れていってもらった。それは、山のふもとにある降る民家を改装したマクロビオティックのレストラン「紅い櫨の庵」。福岡への出張といえば、もつ鍋やイカで焼酎をあおり、ラーメンでシメる、というのが定番だ。でも、案内されたのは山の中。しかも、マクロビ。思いがけない展開だが、流れに身を任せるのも旅の醍醐味だ。ワクワクしながら山道を進んだ。


 闇の中、古民家に入ると、外からは想像できないようなモダンな空間が広がっていた。戸惑いながら通されたのは、ナプキンが用意された上品なテーブル席。私はロンTにジーンズ、相方のカメラマンはTシャツに短パン。明らかに場違いだ。ドレスコード違反だ。でもこうなったら、格好が失礼なぶん、料理やシェフへのレスペクトを思い切り表現しよう。そしておいしくいただこう。小汚いふたりと、その場になじんだUさんの三人は、ほどよいタイミングで出されるフルコースを心から楽しんだ。


その日のメニューはこちら。

<野菜のスペシャリティコース>


塩麹で和えたアボカドのマリネ
ブルマンヨーグルトソースとトマトのコンポート


夏野菜のカポナータ


自家栽培の茄子とバジルの包み揚げ


かぼちゃと玄米のポタージュ

キノコとジャガイモの豆腐パテ
醤油麹とオリーブオイルのソース


くるみ玄米、味噌汁、小鉢


デザート


穀物コーヒー


(お料理の写真はUさんのブログで)


 地元で穫れた旬の野菜でつくった料理はとても手が込んでいて、口に含むと意外な驚きがあり、噛めば噛むほど体になじむようなおいしさだった。映画「未来の食卓」に出て来たという極上のビオワインに酔っていたとうのもあるが、興奮した。カメラマンに静かに味わえとたしなめられたくらいだ(汗)。


 部屋に面した庭は、ほとんど手入れがされていない。雑草だらけ。でも、それが美しいと思える。いきいきして見える。ほとんどほったらかしなのだが、自然な生の営みをそのまま讃えるレストランの姿勢がそこに現れているのだ。もともと空き家だったというこの古民家は、モダンにリフォームされて美しくなり、人と人が出会い、食を楽しむ場として生まれ変わったことを喜んでいるだろう。


 おいしい食事に体も心も満たされたあと、Uさんはオーナーの松永さんを呼んでくれた。松永さんは捨て犬や捨て猫を里親につなぐ活動もされている。犬の散歩をしてきた後だという松永さんは、汗をかいたTシャツ姿で現れた。初対面の人にもオープンな人柄で、私はすぐに好きになった。レストランをあとにし、そばにある松永さんのお宅へ。里親を待つ動物たちにも挨拶に行った。みんな、松永さんの愛情を受け、心の傷を癒しつつあるようで、とてもいい顔をしていた。



 生きる喜びでいっぱいの動物たちと無心になって戯れていると、言葉では言い表せないあたたかいものがこみ上げてくる。松永さんによると、日本では毎年30万頭ほどの犬猫が殺処分されているという。信じていた人間に捨てられ、絶望と苦しみの中で死んでいく。人間が誇りに思う文化ってなんだ、発展ってなんだと思う。どんなに小さくても、いのちは大きいんだ。



 翌朝、駅前のビジネスホテルのロビーで、濡れたアスファルトを見ながらカメラマンは言った。「昨日の夜のこと、夢みたいだったね」。本当にね。いのちの恵みを祝福するような夜を、夢だと思わざるを得ないような現実に、私たちは生きている。現実にぬくもりを取り戻すために、何ができるだろう。Uさん、素敵な夜と、問いを、どうもありがとう。